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石井達朗|舞踊評論家

スティーヴ・パクストンは、トリシャ・ブラウン、デイヴィッド・ゴードン、イヴォンヌ・レイナーたちと並び、アメリカのポスト・モダンダンスのもっとも重要な舞踊家です。ポスト・モダンダンスの痕跡が現在の舞踊からは見えにくくなった現在でも、パクストンの創造した...

スティーヴ・パクストンは、トリシャ・ブラウン、デイヴィッド・ゴードン、イヴォンヌ・レイナーたちと並び、アメリカのポスト・モダンダンスのもっとも重要な舞踊家です。ポスト・モダンダンスの痕跡が現在の舞踊からは見えにくくなった現在でも、パクストンの創造したコンタクト・インプロヴィゼーションは世界中に広まり、モダンバレエからコンテンポラリーダンスに至るまで、さまざまなジャンルの舞踊表現における基本的な表現テクニックとして学習されています。1980年代半ばに発生した日本のコンテンポラリーダンスは、動きや技術に対する考え方、「舞踊」というものへの向き合い方、時間と空間の構成の仕方……などにおいて、アメリカのポスト・モダンダンスに通じる要素が少なくありません。しかし、残念ながら、日本の舞踊界は、ポスト・モダンダンスを未消化のままに(その実態をしっかりと見て評価することなしに)、現在に至っています。
  今、ここで日本にパクストンを迎え、彼を接し、彼の過去と現在の活動について学び、とくに1986年から彼が提唱し続けている“Material for the Spine”を理解し、彼と話しあうことが日本の舞踊家・研究者双方にとって、そして舞踊に関心をもつすべての人々にとって、またとないと経験になるであろうと考えられます。

岡崎乾二郎|美術家、近畿大学国際人文科学研究所教授

スティーヴ・パクストン氏は、いうまでもなく1960年代以降の身体表現に多大な影響を与えてきた人物である。ジャドソン・チャーチ派の中心人物としてその核心を展開した彼の方法論、コンタクト・インプロヴィゼーションはよく知られている。その影響は...

スティーヴ・パクストン氏は、いうまでもなく1960年代以降の身体表現に多大な影響を与えてきた人物である。ジャドソン・チャーチ派の中心人物としてその核心を展開した彼の方法論、コンタクト・インプロヴィゼーションはよく知られている。その影響はダンス表現のみならず、すべての身体表現、芸術表現に及んでいるといえるだろう。けれど、そこに含まれていた思想的な深度、遥か遠くにまで展開してきたパクストンの方法的射程はいまだ正しく捉えられているとはいいがたい。そこに含まれているのは、いわば可変的な環境と恊働しながらも、自律的なシステムが生成し、構築されるためのメソッドである。
 今回の招聘は、一方向的なパフォーマンス公演だけではない。数回のワークショップを通して、複数の身体、精神、環境間のコミュニケーションが、いかに自律的なシステムを生み出すか、彼の方法論そのものに直接触れ、伝授を受けることのできる、希有な機会になることはまちがいない。

國吉和子|舞踊研究者

現在、すでに1980年代生まれが大半を占めるコンテンポラリーダンサー達の作品に、コンタクト・インプロヴィゼーションの痕跡が認められないものは少ない程ですが、彼らのほとんどがいわば孫引きでこのテクニックを採り入れているという現状も否めません。...

現在、すでに1980年代生まれが大半を占めるコンテンポラリーダンサー達の作品に、コンタクト・インプロヴィゼーションの痕跡が認められないものは少ない程ですが、彼らのほとんどがいわば孫引きでこのテクニックを採り入れているという現状も否めません。元祖本人を招き、さまざまな角度から改めて紹介することができることは、今後のダンスの発展において大きな指針となることと確信します。
 近年ヨーロッパのダンス界では、ポストモダンダンス再評価の傾向が顕著に現われています。パクストン氏が当時から一貫して創作活動を継続し展開しておられること、そして現在もなおダンスの核心をついた発言をされていること、こうした彼の真摯な営為とその可能性に、改めて人々が注目しているのだと思います。

外山紀久子|美学、埼玉大学教授

スティーヴ・パクストンはカニングハム以後のアメリカ舞踊を語るときに欠かすことのできない存在のひとりだろう。しかしパクストンのインパクトは狭い意味での「芸術」の一分野としてのダンスにとどまらない。ダンスの内と外、芸術の内と外、西洋と非西洋の...

スティーヴ・パクストンはカニングハム以後のアメリカ舞踊を語るときに欠かすことのできない存在のひとりだろう。しかしパクストンのインパクトは狭い意味での「芸術」の一分野としてのダンスにとどまらない。ダンスの内と外、芸術の内と外、西洋と非西洋の境界を横断するユニークな活動を展開してきた、まさにポスト近代の身体の思想家であり実践家なのである。
 「コンタクト」=触覚(タッチ)という概して等閑にされ抑圧されてきた回路の発掘によって、パクストンはいわば自己を閉じた系ではなく他者に開かれたものとして再定義する。視覚優位の文化のなかであえて身体感覚を軸とした主観の経験にフォーカスし、微細エネルギー(subtle energy、「氣」)の流れを捉える感受性を養うその方法は、「今・ここ」を十全に生きるための練習でもあり、ダンサー/非ダンサーを問わずすべての者に意義を有するはずだ。同時にそれは、近代の自律的芸術がそのカラを破って新たに生まれ変わるための道筋を示してもいるのではないか。

浜田剛爾|美術家、国際芸術センター青森館長

スティーヴ・パクストンのように肉体的にも優れたダンサーであり、同時に極めて個性的な振付を行い、さらには例えばヨガ指導者のように経験から精神の淵まで辿りつくアーティストはあまり出会ったことはない。特にコンタクトダンスに表象される〈身体〉の意識的拡張は...

スティーヴ・パクストンのように肉体的にも優れたダンサーであり、同時に極めて個性的な振付を行い、さらには例えばヨガ指導者のように経験から精神の淵まで辿りつくアーティストはあまり出会ったことはない。特にコンタクトダンスに表象される〈身体〉の意識的拡張は即興の様々な芸術的パイオニア達にとっても優れて意味のあるものだった。はじめての舞台(といってもそれはビデオフィルムだった)を見たのは、時期も場所も忘れたが、衝撃的だった。ほとんど永遠にその舞台は忘れられないものだった。
 ある日、友人の芸術家の中谷芙二子さんから久しぶりに電話がかかってきた。「パクストンを引き受けないか」と。それでまたビデオフィルムのことを思い出した。「O.K」。
 その一言で始まらないものなら、永遠にパクストン芸術やその思想としての行為を見ることはできないだろう。

福本まあや|C.I.、富山大学芸術文化学部助教

スティーヴ・パクストンはコンタクト・インプロヴィゼーション(C.I.)の創始者であり、リサ・ネルソンはその初期からの指導者です。両者は、この形式の展開上、重要な役割を果たしてきている『コンタクト・クオータリー』 (1975-)の共同編集者でもあり、...

スティーヴ・パクストンはコンタクト・インプロヴィゼーション(C.I.)の創始者であり、リサ・ネルソンはその初期からの指導者です。両者は、この形式の展開上、重要な役割を果たしてきている『コンタクト・クオータリー』 (1975-)の共同編集者でもあり、この形式の方向性を定める重要な役割を担ってきた人物と言えます。
 日本には1990年代になって、欧米よりC.I.の指導者が来日するようになり、現在では、定期的なクラスやジャムが開催され、毎年、数日から数週間に渡るフェスティバルも開催されています。一方、依然として研究者や評論家の間ではこの形式に対する誤解や理解が浅い状況も見られます。今回のパクストンとネルソンの招聘は、こうした状況を一変させる可能性を持つ重要な機会となると思われます。
 パクストンの関心の一つは、舞踊の素材である身体の潜在能力をいかに発展させるか、ということに向けられています。その身体は物理的な現実として捉えられながらも、先入観や習慣から自由で、自身の心や他者と親密な関係にある身体として探求されてきています。私は、パクストンの思想とその活動は、舞踊界のみならず広く創造的な活動に携わる人々の関心を捉えるものであり、また教育界やセラピーの世界にとっても示唆的なものである、と考えます。

水沢勉|神奈川県立近代美術館副館長兼企画課長

今回のスティーヴ・パクストンとリサ・ネルソンの両氏の来日は、若い才能を多く生みだしながら、全体としてやや方向性を失っている観のある日本のコンテンポラリー・ダンスにとって、疑いなく貴重な機会になると思います。20世紀芸術は、...

今回のスティーヴ・パクストンとリサ・ネルソンの両氏の来日は、若い才能を多く生みだしながら、全体としてやや方向性を失っている観のある日本のコンテンポラリー・ダンスにとって、疑いなく貴重な機会になると思います。20世紀芸術は、二度の世界大戦を経て、決定的な表現の革新を遂げることになりましたが、身体表現こそ、そのときもっとも過去との決別を鮮烈にわたしたちに印象づけました。そして、パクストンは、その決別の果てに、名高い「C.I.(コンタクト・インプロヴィゼーション)」のアイデアを1970年代に生みだしました。これは新たな完成したシステムというよりも、身体/精神と身体/精神との、あるいは、身体/精神と環境との、きわめて発見に満ち、そして、絶え間なく自己更新を続ける、開かれた方法論の提示であり、さらには、多くの人々が参加する実践をともなって、はじめて協働することのできる場面がさらに大きく開かれてくる性質のものであるともいえるでしょう。
 今回、両氏が、日本の各地で、公演のみならず、レクチャー、展覧会、ワークショップなどを多様に展開することは、たんなる理論ではなく、文字どおり生身の体を通して、その実践に参加し、汲みつくされることのない、その可能性に多くの才能が出会う稀有な機会になると確信しています。